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最高裁判所大法廷 昭和40年(オ)1425号 判決 1970年9月16日

上告人

甲野太郎

代理人

大坪憲三

被上告人

右代表者

小林武治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大坪憲三の上告理由について。

所論は、在監者に対する喫煙を禁止した監獄法施行規則九六条は、未決勾留により拘禁された者の自由および幸福追求についての基本的人権を侵害するものであつて、憲法一三条に違反するというにある。

しかしながら、未決勾留は、刑事訴訟法に基づき、逃走または罪証隠滅の防止を目的として、被疑者または被告人の居住を監獄内に限定するものであるところ、監獄内においては、多数の被拘禁者を収容し、これを集団として管理するにあたり、その秩序を維持し、正常な状態を保持するよう配慮する必要がある。このためには、被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでなく、右の目的に照らし、必要な限度において、被拘禁者のその他の自由に対し、合理的制限を加えることもやむをえないところである。

そして、右の制限が必要かつ合理的なものであるかどうかは、制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様との較量のうえに立つて決せられるべきものというべきである。

これを本件についてみると、原判決(その引用する第一審判決を含む。)の確定するところによれば、監獄の現在の施設および管理態勢のもとにおいては、喫煙に伴う火気の使用に起因する火災発生のおそれが少なくなく、また、喫煙の自由を認めることにより通謀のおそれがあり、監獄内の秩序の維持にも支障をきたすものであるというのである。右事実によれば、喫煙を許すことにより、罪証隠滅のおそれがあり、また火災発生の場合には被拘禁者の逃走が予想され、かくては、直接拘禁の本質的目的を達することができないことは明らかである。のみならず、被拘禁者の集団内における火災が人道上重大な結果を発生せしめることはいうまでもない。他面、煙草は生活必需品とまでは断じがたく、ある程度普及率の高い嗜好品にすぎず、喫煙の禁止は、煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感ぜしめるとしても、それが人体に直接障害を与えるものではないのであり、かかる観点よりすれば喫煙の自由は、憲法一三条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。したがつて、このような拘禁の目的と制限される基本的人権の内容、制限の必要性などの関係を総合考察すると、前記の喫煙禁止という程度の自由の制限は、必要かつ合理的なものであると解するのが相当であり、監獄法施行規則九六条中未決勾留により拘禁された者に対し喫煙を禁止する規定が憲法一三条に違反するものといえないことは明らかである。

したがつて、論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(石田和外 入江俊郎 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)

上告代理人の上告理由

監獄法施行規則第九六条は、憲法一三条に違反するものであるに拘らず、原判決がこれを違憲、無効でないと断じたのは、憲法の解釈を誤つたものである。すなわち、

未決拘禁された者は未だ罪人ではないから、その者の自由及び幸福追求に対する基本的人権については、公共の福祉に反しない限り、立法、行政の上で、最大の尊重をしなければならない(憲法第一三条)。

もとより喫煙の自由も、右の自由及び幸福追求に対する国民の基本的人権に包含されるものであるから、いわれもなくしてこれを法令上、行政上制約できるものではない。

ところで、未決拘禁は、被拘禁者の証拠いんめつ、及び逃亡を防止するために認められた制度である。そこで、これを防止するに必要な範囲内に限つて、被拘禁者の自由の剥奪が許されるのである。

しかし、喫煙は、その性質から考えて本来的に未決拘禁の趣旨に反するものでない。それ故、すべての文明国は、被拘禁者に喫煙を全面的に又は制限的に、認容しているのが実情である。

単に行政の便宜から、あるいは集団の規律を維持するということから、未決拘禁された者の喫煙を全面的に禁止することは、憲法第一三条で保障された国民の基本的人権を侵害することが明らかである。

原判決は、喫煙による火災発生のおそれが少なくないこと、禁煙は軽度の人権の制約に過ぎないこと、火災防止を講じたうえでの制限つきの許可も、未だ時期尚早であること等を理由とされる。

しかし、右の解釈は、行政的便宜だけに味方し、末決拘禁された者の基本的人権を軽視したもので、到底納得することができない。

以上

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